「この植物は日本で育てるとこうだけど本来…」「自生地では…」 何度この言葉を繰り返してきたことか。多肉植物図鑑を編集したりそのコメントを綴っていたりすると、ときどき出くわすこの表現。
その言葉には「自生地ではこうですけど、そんな育て方を日本でできるわけがない」という、諦観にも似た、決してたどり着くことのできない理想郷を夢見るような感情がありました。
この本に出会うまでは。
多肉植物に限らず植物の自生地のことを英語で「habitat」と言います(自生地を調べたいときは例えば「Lithops in habitat」とググります)。「ハビタットスタイル」とはそんな自生地での姿、環境、育ち方をできるだけ鉢の中で再現しようというスタイリングのこと。
今までなんとなく「そんなスタイリングができたらいいなぁ」とは思っていたけど、やってる人は見かけないし、手引書なんてまったくない。そんな話は追い求めても掴めない夢や幻のようなもの……。
と、1人で勝手に思い込んでいたその「自生地の再現」を、本当に現地に足を運び土壌や環境を研究して生み出し築き上げたのが Shabomaniac!氏と、The Succulentist の河野忠賢氏。
そんな「ハビタットスタイル」のエバンジェリストである両名の共著として1冊の本にまとめられたのが今回ご紹介する新刊『珍奇植物 ハビタットスタイル: 自生地の風景を創作する新しい鉢植えレイアウト』。2022年10月26日に発刊されたばかりの、ピカピカの新刊です。
最初にタイトルを見た瞬間に衝撃が走りました。そう!これ!!これをずっと求めていたんだ!と。そして中身を見て2度目の衝撃。それは期待を何倍も上回る充実+衝撃的クオリティ。Shabomaniac!氏自ら撮影したものを含めた自生地での写真と、それをそっくりそのまま鉢の上に再現したまさに「ハビタットスタイル」のステージング。その美しさ、カッコよさに言葉を失います。
そのビジュアルの特徴に目を奪われますが、著書によると、ハビタットスタイルは決して見た目だけではありません。
この本のテーマはふたつ。ひとつは植物を自生地をイメージして鉢に植えつけ、レイアウトすること。もうひとつは、そこに植える植物も野生個体のようにワイルドに育て上げることです。……温室育ちであっても野生株に負けない植物を作る、そんなチャレンジをしてみませんか。(Shabomaniac!氏)
自生地の姿を再現というと自生地から採取した野生株を使うのかと思いきや、環境保護の観点から推奨していません。そうではなく、ステージングを野生に近づけることで、国内実生株でも次第に野生と同じ姿になっていくことを目指すという。植えるだけでなく、その後、長い時間をかけて育て上げる姿勢も重要なんですね。
ハビタットスタイルの本質は、自分の想像力を高めて原産地に思い馳せる、という行為そのものであり、ありものの“再現”ではないということ。その現地へむかう“即興的な”時間が、また、植物への興味、好奇心を高めてくれるだろう。(河野忠賢氏)
つまり1mmもずれることなく正確に自生地を再現しなければならないと気負うことではなく、自生地を夢見て目標に捉えつつも、まずは自分なりのやり方で自分なりの世界を作っていこうという姿勢でOKということですね。もともと今までの一般的な園芸の世界とは違う路線を歩もうとしているんだから、間違っていたり、人と違う世界観にたどり着くことを恐れるな、と。
「こんなすごい本があったよ!」だけで終わるわけにはいきません。なにしろこれは「ガイドブック」です。しかもずっと夢見ていた世界へのガイドなんだから行かないわけにはいきません。新しい世界に足を踏み入れたばかりの素人ですがその最初の1歩をレポートしていきます。
本書巻末にも紹介されていますが、この本のレイアウトを最も早く正確に再現しようと思ったら、本書でも使用されている素材をそのまま入手するのが確実であることは言うまでもありません。The succulentist さんのサイトで販売されているので、さっそくお取り寄せさせていただきました(鶴仙園さんでもお取り扱いがあるようです)。
当たり前ですけど、本書と全く同じものが届いてテンション上がります! ストーンシリーズも赤から白までカラバリやサイズも豊富で想像力が膨らみます。ちなみにサーフィスサンドはカラーごとに多少の質の違いはありますが、管理する上での違いや品種ごとの相性といった違いはないそうです(そもそもアフリカと南アメリカはもともと1つの大陸だったこともあって地質的によく似ています)。植物個体の色味や自分の好みで選んであげてOKということですね。
HABITAT STYLEを始めるのにThe Succulentistさんのアイテムを使うのが断然はやくて間違いないとは思いますが、手元にあるアイテムで手軽に試してみたいなら近いものを自作することも可能です。透明感があって硬い石英を多く含んでいる石や砂利……例えばうちでいつも使ってる「白河砂利」を、トンカチで砕いてみる、とか。
本書の中にも、同様に石英質の石を砕いて粒度の違うサーフィスサンドを作る例が紹介されていますし、The Succulentistさんの岩も、大きい母岩をご自身で砕いて作ったという説明書きがあります。
日本産の岩石でも似たような、相性の良さそうな石質のものはたくさん見つけられそうです。ポイントとしては、日本は「火山列島」なので若い火成岩が多いことと、海にも近く水資源が豊かなので堆積岩が多く、そのどちらもアフリカや南アメリカには少ないので、そのあたりは避けたほうが良さそう(The Succulentistさんの岩は変成岩っぽい雰囲気)。
他のヒントとしては、ガーデニング店よりも爬虫類専門店を覗いてみるとか。実はリアル砂漠産の砂や岩が結構充実しています。爬虫類業界は砂漠レイアウトの先進国ですね!(アクアリウム店にも多いけどもしかしたら砂漠と水辺では質や系統が違うかも……)
材料が概ね揃ったところで、本書のHOW TO MAKEを参考に、実際に作ってみます。
といっても作り方はカンタン。レイアウトを決めて用土を流し込むだけです。サーフィスサンドは表面から深さ5cmくらいまで入るように、鉢底石や培養土の深さを調整します(今回の10cmポットだと1パックで4~6鉢くらい作れそうな分量)。
The Succulentistさんのパウチは、パウチのまま片手で流し込めるので使い勝手は最高。最後に水をかけると細かい粉塵が洗い流されて、用土の中の石英がキラキラ輝きます。宝石のような美しさです(そもそも透明度の高い石英が「水晶(クリスタル)」つまり石英は宝石なんです)。
他にもいくつか作ってみました。
やってるときは必死ですが出来上がってこうして並べてみると、やっぱり石の並べ方のダイナミックさが全然足りません。大きい石と小さい石のメリハリや、鉢の余白を活かすということを意識するともっといい感じになりそうです。今後とも精進させていただきます。
The Succulentistさんのサーフィスサンドを使ってみて気づく、一般的な多肉用土との違いは、その吸水性です。ほとんどの多肉植物用の用土は「水はけがよく、水持ちがよく、乾きが早い」という特徴がありますが、サーフィスサンドは真逆に近く「水はけは悪く、水持ちは少なく、乾きが遅い」。もちろんこれはデメリットではありません。そもそも南アフリカや南米の多肉植物が住んでいるエリアの土壌はこういう土壌。
ほんの少しの雨でも水たまりができ土壌を覆い、ゆっくり時間をかけてその細かい砂の目の中に浸透していく(毛細管現象ですね)。ガラス質の砂は中に浸透した水を発散させず砂の中は長くしっとりした状態を保ち、深く根を張った植物がじっくりとその体の中に蓄えていく。多肉植物たちはそんな環境に適応してきたので、同じ性質の土壌を使ったほうが調子がいいというのは頷けます。
ただ、一般的な「多肉植物の育て方」は一般的な用土、赤玉土や鹿沼土をベースにしたものを基準にしているので、管理方法は同じというわけにはいきません。水やりは1回やったらその間隔は通常よりも長めにとること、夏の休眠期は中に水分が溜まらないように早めに断水して給水するとしても霧吹き程度にすることなど、よりメリハリのある水やりが求められそうです。
#なぜ砂漠の砂は石英なのか?については、雨があまり降らず日照と風で風化する大地では、石英は特に硬く水に侵食されないので「最後まで残る」のが理由の1つ(と小学館の図鑑に書いてありました)。
今回のコラムでの本誌写真は、Shabomaniac!さんとThe Succulentistの河野忠賢さんのお二人に許可をいただいて掲載させていただいています。わざわざ出版社にまで確認を頂いたShabomaniac!さん、素人の作例にもったいないくらいのお褒めの言葉を授けていただいた河野忠賢さんに、この場を借りて改めてお礼申し上げます。
出会ったばかりの「ハビタットスタイル」ですが、本当に魅力しか感じないので、今後もいろいろと挑戦していきたいと思います。自生地に常に思いを馳せて。