「どうしてサボテンにはトゲがあるの?」…なんて、小学生向けの理科・科学の本にすら書いてあるし、どんな人だって「そりゃ、食べられないためでしょ」ってドヤ顔で答えることができますが、実は意外とそんな単純な話ではなくちゃんと答えられる人がいないどころか、ちゃんとした答えを書いている文献すら実はレアです。そんな、カンタンなようで深い謎「サボテンのトゲ」を深掘りします。
なお、今回のテキストは中部大学 応用生物学部 堀部貴紀 准教授の論文 サボテンのトゲについての解説(形態と機能) を全面的に参考文献とさせていただくというメンタリスト◯igo方式でお届けいたします。
そもそもサボテンのトゲはどうやってできたのでしょうか? 実はトゲは葉っぱが変化したものです。いやいやそう言われてるけど実は枝が変化したものでしょ。……と諸説あるんですよね。どっちやねん、と。
結論から言うと「葉っぱが変化したもの」です。
「サボテンといえばトゲ」というイメージですが、トゲのないサボテンもあるのでトゲはサボテンの絶対的特徴ではありません。じゃあサボテンをサボテンたらしめる、サボテン以外の植物にはなくて、すべてのサボテンにある共通の特徴は何かというと、それがこの「刺座」。棘が生える根本にある、ふわふわモケモケの部分のことです(モケモケのことではなく、モケモケを含むその一帯の器官のこと)。刺座からはトゲだけでなく、トリコーム(モケモケ)、茎節(子株)、葉っぱ、花芽、根……と、サボテンが生長し命をつないでいくためのほぼすべてが出てくるスーパーマルチ器官。大事なものを全部ここに詰め込んだ感じですね。
この刺座は、樹木における「短枝」が変化したものと考えられています。「短枝」とは、一般的な樹木だと、複数の葉っぱや花を枝から少し離して広げるための、文字通り短い枝。短枝からは茎も葉っぱも花もすべて出てくる機能が備わっています。短枝が出てくるベースの枝は「長枝」といって、もちろん長枝からも葉っぱや花は出てくるので、短枝がほとんどない樹木もあります。
サボテンのトゲは、この「短枝から出てくる葉っぱ」が変化したものです。1つの刺座からは通常複数のトゲが放射状に出てきて、中心部に大きな刺、周辺に細かい棘とカタチの異なる刺を持っています。もちろんこれらは大きさが逆になっている種もあるし、どちらかしかない種も多く、多様性の宝庫です。
サボテンに葉っぱ?なんて想像できませんが、サボテンの中には立派な葉っぱを持っている種があります。それがコノハサボテン亜科と、マイフェニア亜科。
トゲは葉っぱが変化したものなのに、葉っぱがあるのはなんで?と疑問を持った方はなかなか高度な洞察力をお持ちですが、その答えは「長枝の葉っぱ」だそうです。コノハサボテンの葉っぱも刺座から出ているのでややこしいといえばややこしいのですが、サボテンは、葉っぱを2種類に分けて、1つを葉っぱに、1つはトゲに変化させたということなんでしょうね。
(さらにややこしいことをいうと、ほぼすべてのサボテンは刺座の中にその「長枝の葉っぱ」である本来の葉を持っています。それは「鱗片葉」といって肉眼では見えないほどの小さいものなんだそうです。葉っぱは無くしたわけじゃなくて、隠し持っているんですね)
さてその「トゲ」。どんな役割があるのでしょうか?
まず見た目にとてもわかりやすいのがこの「食べられないようにする」です。が、誰から食べられないようにするかが重要で、それが「大型の動物」です。ひと口が大きいので食べられたときのインパクトがでかい。
逆に言うと小さな虫からの攻撃には見るからに無力ですが、そのダメージは小さいので守る必要はないということにもなります(樹液に虫よけの毒を含んで防虫しているという理由もあります)。更にいうと、むちゃくちゃ過酷な環境だと逆に天敵の動物もいないので守る必要がなくなることもあります。
サボテンのトゲのうち「天敵から身を守るため」=攻撃的な武器としてのトゲを持っている種は、実はごく一部なんです。
植物は太陽の光がないと生きていけませんが、強すぎる光の中で生きていける植物も多くありません。トゲがあるということはそこに影ができるので、トゲが密集すればするほど光が和らいでいわゆる「レース越しの光」になることも想像できます。
そう聞いてパッと思い浮かぶのは翁系のマミラリアですが、科学的に検証されたことがあるのはウチワサボテンのオプンチア。オプンチアのトゲは長く鋭く見えますが実際には細くてそれほど攻撃的ではなく、トカゲなんかにむしゃむしゃ食べられているコもいたりします(生長と繁殖が早いので気にしてないっぽい)。
特に棘の多い Opuntia erinacea では、トゲを全部抜くと茎に届く光が3倍に増えたとか。つまり光を1/3にした状態で元気に生きていける設計になっている、と。ちなみに同じ実験で温度も調べてみたけど表面温度はあまり影響なかったとのことで、オプンチアのトゲは、暑さではなく光から守ってると結論付けられました。
トゲは暑さを防ぐのにも役立っています。科学の世界ではコンピューターシミュレーションを駆使して、マミラリアやフェロカクタスのトゲがサボテン本体の最高気温を抑え、最低気温を下支えする効果を確認しています(単に温度を測るだけじゃダメだったのかなーと思いつつ)。特に生長点付近は(どんなサボテンでも)密なトゲとトリコームでガッチリ守っていますよね。
モケモケはその暖かそうな見た目から「寒さから身を守っている」と想像でき、実際にアンデス山脈の標高高いところにお住まいのエスポストアさんたちもモケモケですが、「モケモケが寒さに有利」なことを科学的に検証した実績はないんだとか。寒さには無力ということじゃなくて、単に、検証したことがないっていうだけ。ただどう見ても断熱効果が高そうなので、見たまんまの理解でいいとは思います。
ほとんど雨がふらない地域にお住まいのサボテン。雨を待たずに水を得る方法を模索します。幸い砂漠は寒暖差が激しく、明け方にキンキンに冷え込むとカラカラだった砂漠にもほんのりうるおいが現れます。朝露です。サボテンのトゲにはその朝露を効率よく回収する仕組みが備わっている種があり、たとえばバニーカクタスのトゲは水滴を吸い上げる構造になっていて、たとえトゲが下向きだったとしてもしずくを落とすことなく刺座に集めて吸収します。
黒いトゲが力強さの象徴のように崇められている「黒王丸」のトゲも、ほとんど雨がふらないアタカマ砂漠で生きていくためにバニーカクタスと似たような構造になっていて、空気中の水分を効率よく集めるのに優れたトゲなんだそうです。
トゲは繁殖、つまり子孫を増やすためにも役立てられています。有名なのはキリンドロオプンチアの仲間。一度刺さったらなかなか抜けない、鋭く、返しの付いたトゲを持ち、けど先端についた子株はポロッと外れやすい構造になっています。つまり、秋に草むらを走ると靴下にたくさんついた「くっつきむし」と同じで、近くを歩く動物や人のカラダにくっついて遠くまで運んでもらい、落ちた先で根付くという手法で生息範囲を広げていきます。このサボテンはまるで自ら飛びかかってくるかのようによくくっつく(そしてめちゃくちゃ痛いらしい)ので「ジャンピングチョーヤ」とも呼ばれています。
近い仲間のテフロカクタスも、くっつきはしないものの子株が取れやすくて折れて転がって生息範囲を広げていく生態が似ているのですが、そのテフロカクタスの中に、トゲをリボンのようにひらひら伸ばす個性的な種があります。こちらは決して科学的な根拠ある文献を見つけたわけではありませんが、より風を受けやすくすることで、折れて転がって増える機会を増やしているんじゃないかと思います。
様々な機能に分化してサボテンの命を支えているトゲたち。最後に、そんな「トゲ」にだけ注目して、独断と偏見で選ぶオススメのトゲサボテンをご紹介します。
生物の進化というのはぶっちゃけいうと「生きていくのにたまたまそっちのほうが都合が良かった」という偶然と間に合わせの産物です。こんなにもトゲを多様に役立てるようになった植物すごいというよりも、いろんな環境で生きていくカラダに進化していくのに、使えるものがトゲしかなかったというのが正解なのかも知れません。
サボテンは、一般にイメージする砂漠だけでなく、極寒の高山や熱帯雨林など、陸上生物が生きているありとあらゆる環境に適応している無敵生物です。その無敵を誇る最強の武器、いや防具がサボテンのトゲってことなんでしょうね。