以前PUKUBOOKでもガチレビューさせていただいた「3Dプリント鉢」。作家さん、デザイナーさんのアイデアを柔軟にカタチにしてくれる革新的な技術によって、今もたくさんの新しいプロダクトが生み出されています。
今回紹介するプロダクトはその中の1つ。これを見て「なるほどたしかに3Dプリンタらしいアイデアプロダクトですね」とチラ見して通り過ぎようとしたそこのあなた! ちょっと待って!! このプロダクトは、もしかしたらプロダクトデザイン界の常識を書き換えるような革新的なプロダクトかもしれないんですよ!
そう。そんな「ぱっと見」では掴みきれないこのプロダクトの凄さを、過去にちょっとだけプロダクトデザインをかじっていた(※)ワタクシがディープに掘り下げて語り尽くさせていただきます。
なお、今回のコラム執筆にあたり、Green Mountainさんに直接お願いして、まだ発売前の「クラックスリット鉢」をお借りして撮影&現物レビューすることができました(やっててよかったPUKUBOOK)。イベント準備でお忙しい中、ご協力ありがとうございました!
※僕がデザイン担当した製品がグットデザイン賞を受賞したこともあります、と補足してちょっとだけ説得力をアップさせてください。そのくらいにしか役に立たないキャリアなので……。
「GRIDPOT™」は Green Mountain さんが手掛けられている3Dプリント鉢ブランド。その最大の特徴は鉢側面のわりと高いとこまで縦横に入れられたスリットで、これにより余分な根回りを防ぎ、健康で充実した根鉢形成を目指そうというもの(Meshpotと同様ですね。根周りしないことのメリットはMeshpotの解説にも書いているので合わせてチェックしてみてください)。
3Dプリンタという1点ものが作りやすい技術を活かしていろんなブランドさんとのコラボモデルを積極的に手掛けているのも注目ポイントの1つ。ちょうど先日東京に遊びにいってきたときに、monkey plantsさんとのコラボモデルを手に入れてきました。
そしてなにより、Green Mountain さんはバリバリのプロダクトデザイナーさんということもあって、その造形や機能をカタチにまとめる完成度が高く、以前からずっと注目させていただいていました。今回NEWリリース予定のこの「クラックスリット鉢」はGRIDPOTとして最大の機能である「スリット」を、一見それとはわからない「ヒビ割れ」の中に隠したモデル。「ヒビ割れた鉢」というむちゃくちゃ目を引く特徴の裏に、ブランドの最大の特徴をあえて隠しちゃう。まさにプロダクトデザイナーの為せる技だなぁと感激しました。
あまりに感激したので、この後さらに語ります。
「GRIDPOT™」は Green Mountain さんの3Dプリント鉢全体のブランド名で、現在はその中に「GRIDPOT」と「八角スリット鉢」、さらにNEWリリース予定の「クラックスリット鉢」の3モデルがラインナップされています。同アングル&同スケールで並べてみます。
「GRIDPOT™」の最新モデルである「クラックスリット鉢」。一見して「割れ」が走ったデザインが目を引く斬新なプロダクトであることは理解できますが、このモデルの何がそんなにすごいのかをもう少し深掘してみたいと思います。
まず、むちゃくちゃ当たり前ですが、本当に割れた鉢だったら商品になりません。なので当たり前ですが、実際に割れているわけではなく、割れた風を装ったデザインです。ただ、3Dプリンタはコンピュータ上のデータを成型する機械。コンピュータは丸とか四角とか単純な幾何学形状は得意ですが、「割れ」なんていう「アナログの極み」みたいな形状を扱うのは苦手です。そのためには例えば、高度な物理シミュレーションを行い「割れ」を現象として再現するとか、あるいは実際に割れた鉢の写真を目で見てトレースして分割しミリ単位でズラして隙間を再現するという地道で根気のいる職人技が投入されているのかなぁと想像します。
一言で言うならば「これ、作るの大変だぞ」と。
確かに「アナログな割れた鉢をデジタルな3Dプリンタで作ったら面白いよね」という発想は理解できます。今までできなかったいろんなカタチがつくれる3Dプリンタの特技が活かせそうです。ただおそらくこの「クラックスリット鉢」は順序が逆で、スリット鉢という機能を活かせるカタチを追求したらクラックに行き着いたんだと思います。
#もちろん、その両方からのアプローチで、良いところにそのソリューションを見つけたというのが正解とは思いますが、片方からのアプローチじゃないよということを強調したいところです。
縦横に走ったスリットを前面に押し出したデザインの「GRIDPOT」はまさに「機能美」で、とても個性的で唯一無二のプロダクトとして完成されていますが、それが完成しているからこそあえてその機能美を隠しちゃうというのが、機能に対する密かな自信を感じてニヤニヤしちゃうポイントです。
前回の3Dプリンタ特集で3Dプリンタの課題を挙げさせていただいていたのを振り返ってみます。①プラスチックの素材感の克服 ②積層跡があってツルツルが苦手 ③底面が平らでした。
どんなプロダクトにも、それを作るための手段や素材にはいろんな選択肢があります。そしてどんな選択肢にもデメリットはあります。ただ、そのデメリットを「こういうもんだ」と割り切るのと、なんとか解決しようとするのはアプローチが異なります。また解決の手段にも、デメリットを別の技術や手法で覆い隠すのと、それを理解した上で無理せず素材の持ち味を活かしたカタチに仕上げるのもまたアプローチが異なります(いわゆる無印良品が打ち出している「素材を活かしたデザイン」はこれですね)。
「クラックスリット鉢」は①と②の素材感と積層跡を横ラインを強調したアナログなテクスチャで見事に吸収。土の質感に近い、マットな備前焼のような雰囲気で、近づいて見ても3Dプリンタらしい積層跡が目立ちません。
一見しただけだと「何の変哲もない陶器鉢の質感を再現」しただけに見えるテクスチャも、素材の特性を活かそうと熟考した末にたどり着いた1つの答えなのかなと思うと、より深みのあるテクスチャに思えてなりません。
③底面については、これは他の3Dプリント鉢にも見られる工夫ですが、鉢底のメッシュが取り外せる、つまりメッシュを別工程で作ることで鉢底の接地面積を小さくすることに成功しています。ちょっと製作にひと手間かかるかもしれませんが、植え替え時に外したり、別パーツに交換するという付加価値も生まれていて、上手な解決策だと思います。「無くしがち……」と思う人は(僕のことだ)ワイヤーで本体とくくっておくといいかもしれません。
手間隙かけてデジタルに落とし込まれたアナログの鉢。でもデジタルの良いところは、1回データを作ってしまえば「コピペ」でいくらでも量産できることですよね。サイズ違いも拡大縮小であっという間に……。
なんて考えは捨ててください。まず、僕の手元にあるこのサイズ違いの3型を並べてみて愕然としたのが、3型とも「割れ」の入り方が違うということ。単純に拡大縮小でサイズ違いを作っているわけではなく、イチからデザインし直しているってことですね。
ちなみにこれは従来モデルのGRIDPOTでも同様で、単純に拡大縮小しただけだと壁の厚みやスリット幅が最適なサイズでなくなってしまうため、それぞれのサイズごとにきちんと機能調整をしているそうです。
そしてここから先が僕も知らない未知の世界。今回の「クラックスリット鉢」は、同じサイズでも1つ1つ「割れ」の入り方が違う「個体差」を生み出す仕組みを開発中とのこと。極秘資料には「クラックを簡単に組み替えるシステム」という文言が読み取れたので、これもまた、デジタルな最新技術と、それを開発されたGreen Mountainさんの隠れた偉業なんだと思います。
そもそも従来の「プロダクトデザイン」というのは「同じものをたくさん作る」ことが前提になっているはずですが、その概念を根本から覆す試みですよね。こういうことができるのも、1点1点デジタルデータからプリントして成型する3Dプリンタだからこそ生み出されるプロダクト。
まさに素材や技術を活かしきっているデザイン。本当に惚れ惚れする試みだと思います。
さてこの「クラックスリット鉢」ですが、デビューは来るイベント「ボタニカルサーカス」になるとのこと。今回ご紹介していない、クラックスリット鉢のバリエーションも用意されているそうで、その殆どが「1点もの」になる予感。
また、GreenMountainさんはR3LABOさんの全プロダクトのデザインを担当されていて、今回のイベントはR3LABOさんとの共同出店。UKEZARA などインスタで見かけるカッコいいアイテムも並ぶ予定。
お近くの方はぜひ足を運んでみてください。
実は前回「3Dプリント鉢」特集をしたときに、ブランド紹介をしておきながら唯一「現物レビュー」をしていなかったのが、今回ご紹介したGRIDPOTでした。それはたまたまそのとき手に入る在庫がなかったからというシンプルな理由ですが、一般的にそういうのは「ご縁がなかった」と言われてしまうやつ。でも今回やってみて確信を得ました。あのときご縁がなかったのは「日を改めて特集しろ」と、「待てばすごいプロダクトが生み出されるぞ」という天からの啓示だったんですね! ご縁を通り越して「運命」だったのかと思わされました(大げさ)。
今後も、3Dプリント鉢に限らず、新しいものを(独自の視点で)紹介していけたらと思います。