図鑑に載ってる植物の名前に、小さく英語で長い名前が載っていることがあります。カッコいいですよね。長いし、難しそうだし、長ければ長いほど賢そうに見えるし……。という気持ち、とてもわかります。だってPUKUBOOKもほぼまったく同じ目的で掲載しているんだから。
そもそも学名とは何か? それは学術研究目的で植物を識別するための世界で統一された名前。英語では Scientific Name といいます。基本的には、下記に書いた「国際植物命名規約」と「国際栽培植物命名規約」という2種のルールブックに基づいて厳格なルールで定められたもので、1つの学名と1つの植物種が確実に1:1対応しています。
それに対して、PUKUBOOKに掲載されている「学名っぽいもの」は何なのか? 結論から言うと、これは学名ではありません。スタンスとしては「アルファベットで書いたときの名前」。 漢字で書いても欧米で通じませんからね、程度のもの。 冒頭の「カッコいいから書いておこう」というのとあまり変わりません。
もちろん、学名があるものは、できるかぎり国際的なルールに基づいた正式な学名を掲載しています。ですが、こと園芸界においては学名は全然十分ではなく、もっと多様な名前が飛び交っているんですよね。同じものでも違う名前、逆に違うものなのに同じ名前。それに詳しい説明もなくただ「新しい名前だけ」が出てくることもよくあります。そんな状況の中で「特定の植物を表すのに世界中どこでも通じる共通の名前」をすべて見つけ出すことなんて不可能!
と言っても、決してPUKUBOOKの情報が、適当&いい加減なものと思ってほしいわけではありません。今日のこの記事では、PUKUBOOKが勉強して把握してきた学名の基礎知識を書き記しておくことで、それがどこまでが「正確」で、どこまでが「無理」なのかの保証書&取扱説明書となればと思っています。
学名はスウェーデンの博物学者カール・フォン・リンネが1753年にまとめた『Species Plantarum』がベースになっていて(今もリンネが命名した種名がたくさん残っています)、今は「国際植物命名規約」というルールブックになっています。
■ 参考文献
学名の書き方ルールと豆知識
矢野興一『観察する芽が変わる 植物学入門』ベレ出版
Echeveria | 属名 genus |
---|---|
colorata | 種小名 specific epithet |
f. brandtii | 分類群 infraspecific taxon |
Kimnach | 命名者名(著者)author |
国際植物命名規約のキモは「属と種小名の組み合わせで、種を特定できる」というところです。属名は絶対に他と被らないし、同じ属名の下に同じ種小名を命名することができないルール。colorata という種小名の種はたくさんあるけど、Echeveria colorata というとたった1種しかありません。単語2つで1つの名前なので「二名法 binomen」といいます。
つまり、特定の種を表す学名の最小構成は Echeveria colorata 。他はオマケですが、逆にこの2つは切り離せません。通称で「コロラータ」と呼んでも全然いいけど、正確に表すならカタカナであっても「エケベリア属コロラータ」と言わなきゃダメ。
属名は大文字で始まり、種小名はすべて小文字というルールです。
またこの部分はイタリック体(斜体)で書くというルールもありますが、PUKUBOOKは学術論文じゃないし厳密な学名でもないので従っていません。これは昔の論文はすべてラテン語で書いていたので、斜体じゃないと本文と区別できなかったからだと思われます(慣習であって明確な理由はわからないそうです)。
種をさらに細かく分類するときに使用するためのものです。
ssp.(または subspp. ) | 亜種 subspecies | 種として分割するには近縁な、主に大きな地域集団 |
---|---|---|
var. (または v.) | 変種 variety | 亜種と呼ぶには違いが小さいが、区別できる程度の違いがある |
f. (または fa.) | 品種 forma | 地域によって分化したか、人為的な交配で作られた種 f. variegata や f. monstrous |
この部分も正式な学名で、斜体で書く必要があります。(けどPUKUBOOKは……(略)
違いの大きさによって3種類の分類がありますが、素人にはそれぞれ具体的にどんな基準で分類されているのかよくわかりません(さらに細かい subvar. とか subf. もありますが多肉界隈では見たことがありません)。一番良く見かけるのが var. で、 f. はホントにちょっとした気分の違いくらいかな、という認識。複数の分類を使うときは、この順番を守る必要があります。
また、たとえば Echeveria colorata を f. brandtii でより細かく分類するとき、もともとの Echeveria colorata を f. brandtii と区別するときは、 Echeveria colorata f. colorata と書きます。
PUKUBOOKではできるだけ Echeveria colorata f. colorata というページも用意していますがあまり需要がないため、Echeveria colorata を「コロラータ全般」と「もともとのコロラータ」の両方の意味としてふんわり扱っています。
学名の末尾に、大文字で始まる、斜体じゃない語が書いてあったら、それは命名した人の名前です。この場合、キムナックさん。英語では「author/著者」と言いますが、何を書いたかというと「論文」です。新種に名前を付けるときには、名前だけでなく、それが新種だという証拠を「学術論文」という書面で発表する必要があります。その論文を書いた人ということです。学術論文で学名を書くときはほぼこの著者名をつけますが、一般的にはあまり見かけません。PUKUBOOKは学術論文ではないし、煩雑になるため省略しています。
たまに括弧付きで2つ名前が書いてあることがありますが、これは同じ名前を別の人が異議申し立てした論文という感じ。カッコ内が以前に書いた人。この場合は、Bakerさんが命名した var. glauca に Otto さんが新説を発表したということですね。
※なんで「基本省略」の命名者名をここまで細かく解説しているかというと、たまにこの命名者名を名前と誤解して誕生したんじゃないかと思う名前に出会うからです……。
ちなみに命名者名は(著名な人は)省略されることが多くて、分類学の始祖であるカール・フォン・リンネはたった1文字で L. と表記されます。1文字表記が許されているのはリンネ様だけという超特別待遇です。
学名は、さらに補足的に謎めいた暗号が書いてあることがあります。これはほとんどの場合、その論文の掲載誌です。大抵の場合、1700~2000台の数字が併記されているのがポイントで、これが発表年。つまり、Echeveria secunda は1838年に出版された『Edwards's Botanical Register 第24巻』の59ページを開くとその原文が読めるということです(本当に読めます)。
この情報はあくまで参考情報で、学名をググれば絶対出てくる情報なので学名を書くときには併記は不要です。PUKUBOOKではもちろん端折っています。
学名は進化や生態といった「自然科学」の研究が目的で、人為的に品種改良して農業や園芸に利用するにはもっと細かな分類が必要です。そこで積極的な交配や品種改良で作った種を、学名と同等の扱いとするためのルールが「国際栽培植物命名規約」というルールブック、いわゆる「園芸品種名」です。学名のルールを調べると多くの文献でこの園芸品種名を掲載しているので広い意味では学名の一部とされている感がありますが、厳密にいうと園芸品種名は学名ではないそうです。
■ 参考文献
国際栽培植物命名規約
International Code of Nomenclature for Cultivated Plants(wikipedia)
園芸品種名の書き方のルールはカンタンで、学名の後に、シングルクォーテーションで囲ったアルファベットで書きます。以前は cv. と前につけるルールもありましたが撤廃。順序は分類群の後。
他にはたとえば……
・ラテン語を使用してはいけない(1959年以前のものは例外)
・英語のアルファベットだけを使う(欧州の特殊な記号のついた文字を使わない)
・キャピタライズ(各単語の1文字目が大文字でそれ以外が小文字)
・どの言語で表記したものでも、翻訳してはいけない
・園芸品種名はパブリックドメインなので独占使用権(商標権)が認められない
・cross, hybrid, grex, group といった使用不可の単語がある
といったルールがあります。
ちなみに、あえてサラッと流しますが、新しく園芸品種名を付けるには専門の認証機関で厳密な手続きが必要ですが、そうじゃない名前も大量に出回っていて区別が困難です。たとえば「種苗登録」や「商標登録」という学問とはまったく異なる名称登録制度もあるし、何の認証もなく新しい名前が発表になることもあります。そもそも多くの多肉植物は園芸品種の正式な登録認証機関がないという事情もあります。このあたりはまた別の機会に深掘りできればと思います(しないかもしれないけど、怖いから)。
植物に付けられらた名前について力説してきましたが、1つ忘れてはいけない重要な事実があります。それは、植物は名前をつけられる前から地上に存在しているということです。つまり、名前を付けるのは、それを発見した後。発見したときには名前が無いのがふつうです。
探検家が未開の地に分け入って見たこともない植物に出会ったらどうするかというと、それを標本として採取して、採取した地名とともに番号を振って管理します。それが「フィールドナンバー」です。このフィールドナンバーが振られた未知の植物は、多くはすでに判明している植物と同じものだとされますが、一部は「新種」として認められて新しい学名が与えられます。つまりフィールドナンバーは「種」ではなく「個体」と対応していて、学名よりもずっと数がたくさんあって管理も厳密ということ。個体として目立った特徴がある場合は、学術的に新種として認められなくても、そのフィールドナンバー付きで園芸市場に流通することがあります。
学名とは区別するためか、事前にコンマを入れて表記している文献を見かけますが、不勉強のためそういうルールがあるのかどうか未明です……(誰か教えて!)
学名で言うと「人名」に当たる部分に書かれますが、型番みたいなので人名と違うのはわかると思います。名の知れたフィールドナンバーは フィールドナンバーのデータベース に掲載されているのでぜひ検索してみてください。
フィールドナンバーは採取した原産地と併記されていることも多いです。フィールドナンバーがデータベースで検索できれば特定できるので要らないといえば要らない情報です(が、GM292を検索すると違うエリア名がヒットします……)。
フィールドナンバーと同様の目的で「原産地」のみ記載して植物の種を区別していることもあります。園芸品種と違いシングルクォーテーションは使用しません。フィールドナンバーと違って特定の個体とは対応していなくて、よりふわっとした分類になります。
ひとまず、学名やそれに準ずる命名とその表記のルールをまとめてみましたが、いかがでしょう? かなりざっくりとまとめてみたつもりですが、結構な文量になってしまいました。大事なのはここからです。このルールをなんとなくでいいので把握してもらった上で、PUKUBOOKに掲載されている名前を見直してみてください。
Echeveria 'Takasago no Okina' f. variegata 'Moon River' → 園芸名が2重
Echeveria elegans 'Albicans' x colorata 'Lindsayana' → 固有名のない交配種
Haworthia 'Murasaki Obutusa' → obutusaはラテン語
Dyckia marnier-lapostollei var.estevesii WBC2006 Bill Baker Clone → コレクション番号?
Greenovia aurea El Hierro 'Pink Mountain Rose' → 産地? 園芸名?
Senecio stapeliformis 'Phillips' ssp.minor → 園芸名の後に分類群?
Lithops salicola 'Malachite' C351A → 園芸名の後にフィールドナンバー?
Sempervivum 'Lee Clair's Hybrid No. 1' → Hybiridって名付けちゃってる
ルールに該当しとらへんやん!
ですよね……。
でもPUKUBOOKでは、こういうものも含めて「ルールと違うので掲載しない」とか「〇〇の間違いだから直しておこう」とはしません。これはこれで世の中に存在した名前なので、とりあえず載っけておこうというスタンスです。PUKUBOOKは、何が正しくて何が間違っているかを調べる図鑑ではありません。世の中にたくさんある情報を1つのサイトでサクッと便利に検索できることと、1つでも多くの新しい品種に出会って、1つでも多くの「好き」を見つけてほしいと考えています。
なので、PUKUBOOKに掲載している「学名っぽいもの」をご利用の際には、そのあたりを重ねてご理解いただければと思います。
図鑑の編集を趣味にしている以上、こうした「分類の問題」には異常なほどの執着があります(笑)。 もちろん今回のこの文量では全然言いたいことを言い切れていません!もうすでに第2段、第3段くらいまで原稿を用意しているのですが、世間一般には全然求められていない話だということも理解しているので、しばらくはガマンさせていただこうと思っています。