SNSタイムラインで話題を独占してAmazonや書店でも欠品続出の新刊『INDOOR JUNGLE』。たまたま近所の書店を覗いてみたらふつうに置いてあったのをしれっと手に入れてきたのでその紹介です。といってもワタクシはネームドアガベについてはまだまだ勉強中の身。でも、だからこそお伝えできる(=紙面には絶対に載せられない)「初心者の方に知っておいてほしいこと」をまったりと書き留めておこうと思います。
あくまで個人的な見解です。不正確な情報もあるかもしれません。賛成・反対含めいろんなご意見をいただけるとありがたいです。
23年9月25日に創刊されたばかりの雑誌「INDOOR JUNGLE Vol.1」の巻頭特集で、その名の通りアガベチタノタのいわゆる「ネームド」ばかりを集め、写真と解説をつけてまとめて掲載するという、まさに業界に関わる全ての人が待ち望んでいた特集記事!です。掲載数はノーネームも合わせて64種。数だけ訊いても「そんなにあったのか……(どおりで把握できないわけだ)」というボリュームなのに、個性の違いが分かる写真が見やすく並んでいて好みのネームが見つけやすい。見本株の協力者には、ペットショップライセンス、MtFuji Plants、WH NURSERY、DRAGON CLAW(敬称略)、記事の協力者に宇多田大智さんと、その道の第一人者の名前が並んでいて信頼性レベルは「間違いない」。まさに一家に一冊必携! 個人的にも今後のネームド集めの手引書にさせていただきたいと思います。
#個人的に好きなのはタランチュラかな
紙面のサンプルはAmazonにたくさん掲載されています。
あれ? そういえば一時オークションで100万円を軽く越していた超有名なあのネームドが載ってません。ちまたで人気のアレやソレとか。「紙面の都合で割愛した」にしては優先度が違う予感。これ、アガベ界にも「派閥」があるってことですよね?(違)
ということは、この雑誌に掲載されていないネームドも載っている PUKUBOOK は(数だけで言えば) 日本一のネームドアガベ図鑑です(笑)。どうぞよろしくお願いします。
#おこがましすぎる
#怒られろ
この「ネームド図鑑」を見ていて思うこと。いやネームド図鑑に限った話ではありません。それは「たしかにこいつはカッコいいけど、自分が手に入れて同じ姿に育つのか?」ということです。結論を言えば「その可能性はある」でしかありません(その可能性の高い低いは色々あると思います)。
図鑑に載せるんだから、手持ちの中でも特に「気合の入った」株を選んでいるハズ(事実Amazonの説明文にも「可能な限り特徴の出ている良個体を準備」とあります/つまり「特徴があまり出てない個体もある」ということですね)。業界の一流の生産者さんや趣味家さんが作り込んだ一級品ですよ。素人の自分が同じクローンを手に入れても同じになるわけがない。本誌でも同ネームの別株が載っている例もありますし、実際にSNSを見ていればわかりますが、同じネームドでも人によって姿かたちはわりとマチマチ。密密のボール型になっているコもいれば、地面に這いつくばるくらい低い姿勢で鋸刃イカつく葉を広げているコもいます。アガベは特に環境による違いを受けやすいことの証でもあります。
それに図鑑の見本株もあっちとこっちでは生産者さんが違うことがあるので、図鑑に載ってるAとBを同じ環境で育てた場合、Aはうまいこと同じ姿になったとしてもBがぜんぜん違うということもありそうです。
#「ネットでよく見る写真のとおりには育たない」という事例はアガベに限らず昔からずっとありますよね。例えばオブコニカ、魔玉とか。カンテだってそうかも。
同じ株から出てきたカキコは全く同じ遺伝子を持つから、親と全く同じカッコになるんですよね?
むちゃくちゃシンプルで答えも自明と思う素朴な疑問ですが、おそらく多くのアガベ愛好家さんたちや生産者さんたちは「ちがう」と答えるんじゃないでしょうか。
なぜカキコなのに違うカッコになるのか? 個人的にそれは大きく3つの理由があると思っていて、1つは環境、1つは変異、最後の1つが樹齢仮説。
環境については先程のパタグラフで解説した通り。同一のカキコでも違う姿になりやすく、それが環境によるのか変異による個体差なのかの判別はすぐにはできません。
次に変異。そもそも親木とカキコは遺伝子が一緒じゃないことがあります。わかりやすい例だと「斑入り」とか「モンスト」。あれは親の遺伝子が変異してカキコに受け継がれたもので、この場合は親とカキコは遺伝子が違う=別の種ということになります。斑やモンストだったらわかりやすいけど、葉っぱの大きさやツメの大きさが遺伝子レベルで変異している可能性は? 無いとは言い切れませんよね。本誌にもメリクロンについて「稀に特徴の違うものが生まれる」と記載されていますがカキコとメリクロンは数が圧倒的に違うだけで原理は同じ。カキコでも特徴の違うコは生まれます。
最後に樹齢。アガベの葉っぱは展開するごとに、つまり樹齢を重ねるごとに葉っぱが厳つくなっていきますが、カキコの厳つさが、「親木の樹齢」や「カキコが出た場所」によって違うんじゃないかという説。若い頃に根本に出たカキコと、立派になってから先の方に出たカキコ(胴切り後の子株とか)は全体的な厳つさが変わってくるんじゃないかと。胴切りの天をまた胴切りと繰り返したときに厳つさがリセットされないとか。遺伝子は変わってないけど年齢や位置を細胞が記憶してるイメージ(いやそれも含めて「遺伝子が変わっている」ということかもしれない)。
※科学的に実証された話ではないし、他の方からそういった話を聞いたことはありません。僕自身もどう訊いたらいいか言語化が難しいのもありますが、機会があればいろんなご意見を訊いてみたいと思っています。
といったいろんな理由によって、「ただの赤猫とイタリア産の赤猫とこのお店のゴリ猫とあのお店のゴリ猫って全部レッドキャットウィーズルだから同じじゃないんですか?」という質問には「そうかもしれないけど、違うかもしれない」とか「私は違うと信じている」といった答えしか返ってこない訳です。
#逆に「違うと思っていたけど同じ環境に置いてたら同じ姿になった」ということもわりとありがちですよね。
たまーにSNSを眺めていると見かけるセリフ「昔は〇〇万円もしたのに……」。不肖ワタクシめが以前に書かせていただいたことがありますが(おかげさまで人気記事の1つです)、植物は増やそうと思ったら増やせるので生産体制が整ってくればいずれ価格は落ち着きます。なので逆です。アガベに限らず植物は、「今〇万円のこの子株が立派になる頃には値段は1/10になっている」という前提で買ってください。少なくとも近い種類の普及種程度の値段にはなる可能性があります。
僕はそんなふうに誰もが気軽に手に取れる価格帯にたくさんの魅力的な品種があったほうが園芸界の裾野が広がって良いことだと思っています。「昔は超高級種だったのに」なんて恨み節(笑)じゃなくて「安く買えるようになってよかった」と。たくさんの品種の中から「このコはココが違う」、「こっちはココが魅力的」という個性で選べるような世界になっていけばいいなと思います。
#そうなったらなったでまた別の高級種が生まれますから。絶対に。それが資本主義社会です。
最後にちょっと補足です。話としての重要度は低いけど、これが書ける人ってそう多くないと思うので(僕の大学での重点履修分野の1つが「遺伝学」)。
本誌に「フェノタイプ(表現型)」という聞き慣れない用語が登場します。
もともとは遺伝学の用語で、生物のもととなる遺伝情報の組み合わせを「ジェノタイプ(遺伝子型)」、そこから生み出された生物個体の特徴(形質)を「フェノタイプ」と分けて考えるということ。遺伝子には実際に働く遺伝子(顕性/優性)と動かない遺伝子(潜性/劣性)があるので、遺伝子型が異なってもそれが潜性遺伝子なら表現型は同じになります。逆に遺伝子型が同じでも環境によって表現型はコロコロ変わります。例えば身長体重などの成長に伴って変化する特徴は特に変わりやすい、と(過去の天才のクローンを現代に蘇らせてもライバルがいないから同じ天才にはならないだろうとは良く言われています)。
アガベに限って言えば「フェノタイプ」はもっと広い意味で「同じ種や同じ交配親を持つ子たちに表れた固有の特徴」のように使われています。交配種の子はもちろん、同じ種でも実生ならそもそも遺伝子型が異なるので表現型は異なりますが、その「同じ種なのに特徴が違う」ことをうまく一言で表す用語に転じた感。またそこからさらに絞り込んで、オテロイのふるさとオアハカに生息している、オテロイやチタノタやケルチョベイなどの自然交雑で生まれた、鋸刃がイカついよく似た兄弟たちのことだけを指す固有名詞 としても使われているようです。
#個人的には「カキコだとか環境差だとか遺伝子が一緒か違うかとかそういう話じゃなくて、今、目の前にできあがっているこの株のその特徴を愛でようぜ!」と言っているように聞こえます(違ったらすみません)。
『アガベ・チタノタ ネームド図鑑』は業界のすべての人がずっと待ち望んでいた貴重な新刊であることは間違いありません(とあるプロショップの店長さんが「最近のアガベは名前が多すぎて把握しきれん」と嘆いていたという事例もあります)。ガイドができたということは、その世界はより広い人の間に広がっていくことは間違いありません。
その新刊をまとめていただいた編集部や協力者のかたがたに大いなる感謝を送りつつ、これを機にどっぷりとネームドの世界に入っていきたいと思います。