「1株100万円を超える高級多肉植物の世界」なんてフレーズがニュースになることもありますが、どうして? いったい誰が、なんのために100万円も出すの? もちろんお金はあるところにはあるのでお金持ちさんが自分のコレクションルームに鎮座させて毎日ニヤニヤ眺めている……なんて想像も間違いではないのかもしれませんが、それは一面しか捉えていません。もう一歩深いところを理解して、正しく「高級多肉植物」に向き合ってみましょう。
ちなみにもしすでに高い株を買っていて市場価格が下がってきたことにショックを受けていましたら、ぜひ次のコラムをご参照ください。
ものの値段というのは需要と供給で決まると社会の授業でも習ったとおりですが、この「需要」にも「供給」にもさまざまな理由があって、そこを正しく捉えていないと「なんでこの値段?」が正しくつかめません。なので、この需要と供給の正体を深ぼっていきたいと思います。
まず最もわかりやすい理由が「増やせない」ということです。逆に言えば、簡単に増やせる品種だったら、今はどんなに高い値段がついているものでも数年で速やかに下落していきます。
例えば同じエケベリアの原種の中でも高級と言われる「カンテ」。実際に手にしてみるとわかりますが、気難し屋さんで美しさをキープするのがなかなか難しいです。もちろんそれだけでなく、他のエケベリアと違って「葉っぱをもぎって置いておけば芽が出る」という技も「出てきた脇芽を切って挿す」という技も使えません。増やそうと思ったら種をとって蒔くか、胴切りして脇芽を出させるしかなく、1株が2年で3~5本になったらいいところ。今は(実生=種で増やす株が増えてきたので)言うほど高くはありませんが、それでも流通量は少なく出会うことは稀です。
ここに挙げたアガベ ピンキーも、生長が遅い、脇芽を出さない、増やすのに特殊な技術がいるという厄介者。コノフィツムやリトープスは2年に1回程度しか分頭しないし種まきに頼り切り。斑入りのハオルチアは生長が遅いのはもちろん、脇芽が出ても同じようなキレイな斑を継承するとは限りません。
新しいハイブリッドには他にはない高い値段がついていることがありますが、その希少性はもちろんのことですが、そもそもハイブリッドを作るのに並々ならぬ努力と時間がかかっていることも忘れてはいけません。比較的成長の早いエケベリアでも、種をとってからまともなサイズになるのに2~3年かかりますし、さらにそれを葉挿しなどで増産しているので、流通に乗せられるまでに5年はかかります。しかも「誰も見たことがない」ような特徴のある品種はめったに出ません。厳しく選定すれば数も減る。数が減れば価格は高くせざるを得ません。
多肉植物は国内で生産しているものだけじゃなくて、海外から輸入してきているものも多く流通しています。輸入する際は検疫のルール上「土がついていたらNG」なので、土なしでも輸送できる多肉植物は輸入に有利。人件費の安い海外で量産できれば国内生産より安く販売できるというケースもあります。
けど逆に、輸入にしか頼るしかないけど、その輸入に膨大なコストがかかるケースがあります。例えばロストラータと言った巨大種。単純に大きいとそれだけコストが掛かります。またパキポディウムやパキプスなどのコーデックスは、輸送のために抜いて根を切ると発根せずにダメになるリスクが高く、輸入したものの何割かしか販売できないこともあります(逆に「未発根株」はダメになるリスクを孕んでいるので安い)。それに、そもそも輸入する前の買い付け原価が高いケースもあります。特に最近人気のアガベの新品種はこのパターンが多いです。海外に買い付けに行ったり現地調査するための出張旅費を回収しないと、といった事情もあるかもしれません。
またワシントン条約で輸出入が規制されているものだと、育ちにくい国内株が増えるのを待つしかなく、どうしても供給が不足して高価になる種もあります。
生長が遅い、販売コストがかかる……という販売する側の事情はわかってきましたが、逆に買う側の立場から「高い値段を出しても良い」と考える理由がどこにあるかというと、それが「生長が遅いから良い」という真逆の理由に行き着きます。いわゆる「富裕層さんがコレクションしている」というときの大きな理由の1つです。
生長が遅いということは、買ったときの姿を長く保ち続けるということ。逆によく動く植物は買ったときの姿が保てない。買ったときの姿がかっこよくて唯一無二だから高い値段を出すのにそれが崩れてしまったら台無しです。この「長期保有しても価値が崩れない」というところが「資産」のように評価されるので富裕層に好まれています。
こんな目的で取引される高級種は昔からずっと高級種であることが多いのも特徴です。時代に左右されない確かな価値があるからこそ、安心して長期保有ができるということ。他の観葉植物などと違う、生長の遅い多肉植物ならではの観賞価値。盆栽に近い世界です。
とても抽象的な概念なので軽く触れる程度にしておきますが……。
ちまたでよく聞く「ブランド」が多肉植物界にもあります。骨董業界には欠かせない価値の源泉「来歴」も。
同じ品種でも「有名な生産者〇〇さんが作った」とか「あの有名店〇〇で購入した」といったキャッチコピーがつくとメルカリやヤフオクでも価格が高騰するということがありますよね。それは「バックグラウンドストーリー」とニアリイコールで、そのストーリーそのものに価値が見出されているということ。ストーリーを知らなければその価値は全然見えないし、逆に知ると欲しくなる。
そのストーリーを築き上げてきたのはひとえにブランドオーナーの努力の賜物であり素直に評価すべきことだと思います。逆にそれがわからないなら、周りの人に聞いてみるとか、本人に聞いてみるとかして「ストーリー」を集めてみてください。きっとその価値が理解できるようになるハズ。
他にも似たところで「オーナーさんの活動を応援したいから」とか「オーナーさんが知り合いだから」といった「高くても買う」理由はいろいろあります。
ここから先が要注意。増やすのがさほど難しそうでもなく、評価も定まっていないのに、とんでもない値段がついていることがあります。それが「再販」しようとしているケースです。買ったときよりも高い値段で売れることが見込まれるから、ギリギリまで高い値段で買っても大丈夫と考えて出す金額のこと。わかりやすいワードは「元が取れる」です。
さてそんな、そのものの「本当の価値」を度外視して、「高く売れるから高く買う」というループでどんどん値段がつり上がっていく現象のことを経済用語で「バブル」といいます。
※そもそも「本当の価値」とはなんぞや?という話はむちゃくちゃ深い世界なのでまた別の機会に……。
特に植物の場合は増やすことができるため、1株を高い値段で買ったとしても、10株に増やせば価格を1/10で売っても元が取れます。だから生産に自信のある業者さんが10倍の値段を出そうとしてさらに価格が上がります。
実はニュースを賑わす「1株100万円」というときは、こうした業者さんが、増産・再販目的で「原木」として買っていくケースが多いんだとか。先に上げた「富裕層がコレクションする目的」だとせいぜい数十万円程度。100万円を超える価格の裏には、こんな事情が見え隠れしているようです。
※「再販」や「増殖販売」を批判する意図は全然ありません。僕もやっています! 多肉植物の世界では、買った株を増やしてメルカリするのは楽しみの1つで、そうして資金が増やせるから新しい株が買えるというサステナブルな趣味というのも大きな魅力と思います。それを生業とする業者さんがいるのも自然なことです。
※中には「増殖販売」が法律で禁止されている品種もあります。PUKUBOOKで把握しているものは「品種登録」で検索すると対象の種が一覧できます。
この記事の言いたいことはすべてこの一言に集約されていますが、「この値段はさすがにバブルだな」と思ったら、まずは冷静になってください。どんな多肉植物でも、植物である限り増やすことができるので、十分に供給できるくらいの生産体制が整ってくるとバブルな値段は必ず落ち着いてきます。
例えば、こちらが高級エケベリアの代名詞「ルノーディーン」のヤフオクでの平均落札価格の推移です。出たての頃の2016年はピーク時で13,000円(単頭株の最高落札額は19,000円)と急騰しましたが年々下落していて1年前の2021年1月で1,000円ちょっと。13分の1になっています。特に2019年1月から韓国発の「30個セット」といった大量販売がスタートして単価が顕著に下がりました。
バブルな価格は、待てば必ず落ち着きます。でも本当に価値のある品種や、量産が難しい品種はなかなか価格は下がりません。見極めポイントは、出たての種で市場が評価度外視でワチャワチャ盛り上がっていたら要注意といったところでしょうか。
お年玉だったり福の神のビジュアルを目にしたり「今年はもっと稼ぎます!」と抱負を宣言してみたり、何かとお金を意識するお正月らしく、堂々とお金の話題に触れてみましたがいかがでしたでしょうか。
どんな世界にも高級品というものがありますが、誤解を恐れずぶっちゃけいうと、それに手を出す原動力はほとんど「見栄」と「欲」です!(どどーん)逆に言えば、見栄と欲さえ払拭できれば、むやみに高級品に手を出して散財するようなこともなく、自分のペースで長く楽しめる趣味にしていけるんじゃないかと思います。
それがなかなか難しいことではある、というのもまた真理ですが……。