言葉は生きています。しかも現代社会は人類史上もっとも多くの情報が飛び交っているのでその流動性も変化のスピードも人類史上最速であることは間違いありません。いろんな用語が生まれ、使われ、広まり、意味も変化し、さらに別の用語が生まれ……といったことは日常茶飯事。だからいちいち細かいツッコミはしてもしょうがない、とは思います。
それにしても! この多肉植物業界で、たぶん最も定義や理解が「ふわっふわ」なまま飛び交い、多くの人が「ほんとにあってる?」と不安げになりながら口にしているワード(笑)。それが今回取り上げる「ウォーターマーク」です。かの著名な『多肉植物用語辞典』でも、帯の一番最初に登場するのがこれです。
今回はその「ウォーターマーク」と関連ワードを徹底的に調査、整理した結果をレポートします。辞書だったら50字程度あれば十分解説できるはずの解説に、なんと6,000文字以上! 異常すぎる「辞書」に、お時間あればお付き合いください。
ちなみに、整理するだけで「こう呼べ!」なんて言いません(笑)すべてをありのままに受け入れることがモットーのPUKUBOOKの中の人は、それぞれが自由に呼んでいただき、それが相手に伝わればなんでもいいんじゃないかと思っています。
事前にInstagramで「クイズ!」としてアンケートをさせていただきました。ご参加、ご協力いただきありがとうございました。
ワックスは「ブルーム」。「トリコーム」とご回答いただいたいのはディッキア・アガベ界隈の方々です。白いラインは「ウォーターマーク」と「ファセットライン」がほぼ半々。ファセットラインが善戦していたのが意外でした。
というわけで、これがこの記事の結論です(どーん)。言葉は生き物で「通じるものが正解」だと思っているので、このワードが現在最も通じるワードということになります。
以下、蛇足。
まず最初に、多肉植物に見られるホワイトパウダーっぽいものは、大きく2つに分類されます。それが「ウォーターマーク」と「トリコーム」です。たまに「ウォーターマーク・トリコームとは?」と一緒くたにして解説している文章を見かけますが、これらはまったく別のもの。この記事も大きく2つにパタグラフを分けます。
いったん類語は後回しにします。いわゆる「ウォーターマーク」というと、こういうの。
つまり「葉っぱを覆う白いワックス成分が偏って作り出す模様」のこと。模様ができる理由は、葉っぱが展開する前は成長点付近で無数の葉っぱがぎゅっと重なった状態で膨らんでいくんだけど、その初期の「ぎゅっと詰まってたとき」に葉っぱ同士が重なっていたところと隙間があったところでワックスの厚みに差ができて、それが展開されても残ってできたもの。
この成り立ちを思うと、激しい模様を作るには、いかに葉っぱの成長段階の初期の頃からむっちむちのパツンパツンにするかが大事なのかなと思わされます。それにあくまで葉っぱの表面に乗ったワックス成分の「初期状態」なので触ったら落ちちゃうし、回復しないし、展開した葉っぱの模様が後から濃くなることもありません。
これがこの「白い模様」の基礎知識。問題は、それをなんて呼ぶかです。
事前アンケートでも最も多かったのが「ウォーターマーク」。基本的にはこの模様のことは「ウォーターマーク」と言っておけば間違いありません。
ただ、不思議なのはその意味と由来。「ウォーターマーク watermark」は本来「透かし」という意味です。字面からすると「水の跡」のようですが、辞書にもそんな意味は載っていません。
字面通りだと「水の跡/水が作った跡」(口語レベルだとその意味で使われることも)。ということであれば、水やりをした後にできるポツポツ水玉上にワックスが剥がれた跡。そこから転じて、もともと植物が備えているワックスの模様のことを広く「ウォーターマーク」と呼ぶようになったのかなとは思いますが、謎は謎でしかありません。由来がなんだろうとちゃんと通じるので、もう疑問を持たずに「ウォーターマーク」と言いましょう。
ただし、海外では通じません。
次にまったく同じ意味で用いられるワードの「ファセットライン」。「ファセット」は宝石用語の「ファセットカット」から来ているようで、この白い模様で多面体に見える多肉植物を「宝石」に見立てている感性はとてもユニークで、表現としてもセンスがあると感じますので、もっと広まって多くの人に知られるようになったら素敵だなと思っています。どんどん使っていきましょう!
ただし、これも海外ではほぼ使用されていません(笑)。がんばって検索すると使われている例を見かけますし、コキリノさんも「世界中の人と話が通じます」と書いているので間違いということではなさそうですが。
#「ウォーターマークのことを学術的にはファセットラインという」といった記述を見かけることがありますが、「ファセットライン(Facet Line)」という用語を学術論文で確認することはできませんでした。ファセットラインは園芸業界の用語であって学術的なワードでなさそうです。
#もしちゃんと掲載されてる論文をご存知でしたら教えて下さい!
#ちなみに、英語論文などで「faceted leaves(多面体状の葉)」という表現が使われることはありますが、これは宝石的な意味ではなく、「平面で区切られたような形状をしている」という構造的な記述です。どちらかと言うと数学の世界。
#もともと「facet」とは、宝石を磨いて作られる平らな面のこと。原石をカットして光を反射させるための面を「ファセット」と呼び、その加工を「ファセットカット」といいます。つまり「削って平面にする」「磨かれた面を作る」という意味ですね。「ファセットライン」という用語は宝石界にもありません。
#ファセットカットされた宝石が作る多面体を、線画や、面で構成されたデザイン画にしたものを「Facet Line」ということはあるようです。
「海外で通じない」ってしつこくてすみません。私も外国人と会話する機会なんてゼロなので全然困らないのですが、一応、海外でも通じる用語が無いか探しました。で、ヒットしたのがこの「ブルーム」。
ただ「ブルーム bloom」は「ワックスが作る跡・模様」ではなく「ワックスそのもの」や「ワックスで葉っぱが白くなった状態」のことを指します。しかも海外の多肉植物界隈で「ブルーム=白いワックス」という意味で使っている例はあまり多くありません。わかるけど、メジャーじゃない。
#そもそも「bloom」は植物用語で「花が咲く」という意味が強いので、検索すると「多肉植物の花を咲かせるには?」などに多くヒット。ただ「bloom」にはちゃんと「植物用語でワックスのこと」と辞書に記載されています。リンゴやブドウのワックスによく使われるワードですね。
じゃあ海外では何ていうのがメジャーなの? というとこの「ファリーナ farina」です。
\ 知 ら な い!/
いやホントに聞いたことないワードなんですが、「succulent farina」で検索すると出るわ出るわ。「ファリーナ」はイタリア語で「小麦粉」のことですが、もともとラテン語の「粉」に由来するワード(園芸用語の「farina」がイタリア語由来なのかラテン語由来なのかはわかりませんが)。「farina」は「ワックスそのもの」だけでなく「ワックスが作る模様」のことを広く含んでいる感じですが、強いて模様にフォーカスしたいときは「farina pattern」と言ったりするようです。
じゃあ学術的に何ていうのか? というと 「エピキューティキュラーワックス epicuticular wax」や「クチクラワックス cuticula wax」と言います!
待って! 急に長い名前出てきたって逃げないで!(笑)
覚えにくくないです。「キューティクル」っていう言葉は知ってますよね。髪や肌の表面の「角質層」のことです。「エピ」は「~の上の」という接頭辞なので「エピ・キューティクル・ar」なので「角質の上の」っていう意味です。「クチクラ cuticula」は「キューティクル cuticle」のラテン語読み。ほら、「キューティクル」を思い出せば、覚えられそうでしょ?
英語圏では「farina」と並んでこの「epicuticular wax」がメジャーでふつうに植物ブログにも出てきます。もし海外のサイトを調べたり、外国人と会話することがあるならこのワードを使ってくださいね。
ちなみに、それが作る「模様」のことを学術的に何ていうのか?ですが、僕が調べた限り「模様」を指す学術用語はありません。ぶっちゃけいうと、学者さんたちはその材料の特性にだけ興味があって、模様がつくる美観の世界には興味がない(それは科学じゃなくて美術だからねー)ということではないでしょうか(ぉぃ)。
それでも「エピなんちゃらワックスなんて覚えられない(涙)」という方はいらっしゃいますよね。僕も品種説明で「エピなんちゃら」なんて書きたくないです。その場合は「白粉 おしろい」や「ホワイトパウダー」で良いと思います。PUKUBOOKでもそう書いてます。「お粉」という上品な呼び名も教えていただきました。
模様のことは何ていう? 「ウォーターマーク」! …いや英語圏の人に。それなら「ホワイトライン」で良いですよ。実際に white line と書いているブログ もありますから。大事なのはわかりやすさだと思います。
ただし、これを「トリコーム」と言ってはいけません! 多肉植物業界では一緒くたにされている感がありますが、「エピキューティキュラーワックス 」と「トリコーム」はベツモノです。
「トリコーム trichome」は完全に植物学用語で、植物の表皮細胞が発達し飛び出た特殊な「器官」のこと。ぶっちゃけ言うと「産毛」のことです。トリコームがもともとギリシャ語の「毛」という意味の単語から来ています。もちろんトリコームは「産毛」だけでなく、同様に表皮細胞から飛び出て発達した器官のことを指し、ディッキアの「鱗片」もこの「トリコーム」です。
#ちなみに「トリコローム」も見かけますが伝言ゲームだと思います……。
トリコームとブルームの大きな違いは、トリコームが細胞器官なのに対し、ブルームは成分だということ。電子顕微鏡写真でみるとトリコームは羽やブラシのように複雑な構造をしていますが、ブルームは構造というより剥がれたペンキのよう。なお、トリコームは「細胞器官なので触っても剥がれない」と記述されていることがありますが、確かに産毛だったら落ちませんが、ディッキアのようにポロポロ落ちるトリコームもあります。
トリコームは特にチランジアで顕著でよく研究対象にされています。ディッキアでもトリコームが発達しているのは、同じブロメリア科としての特徴なんでしょうね。
園芸ジャンルが近いアガベでも「トリコーム」というワードが伝来していますが、アガベは正確に言うと……なんだろう?(笑) ベネズエラやアテナータを白くしているのは拭けば落ちるワックス成分なので「ブルーム」ですが、チタノタなどの白さは頑強で拭いてもなかなか落ちません。超硬いブルーム? それにアガベに残る葉っぱの模様は、葉っぱが硬いので物理的に凹凸が出来ているんですよね(コキリノさんは「embossed line エンボスライン」と書いているんですがこれもググってもまったく出てこないんですよね……)。が、いずれにしても出来た模様のことは「ウォーターマーク」と呼ばれています。世界では実際なんて呼ばれているのか……ここは残課題とさせてください。
葉っぱが重なっていた模様といえば、アガベ、特に笹の雪に顕著に見られる白い筋。通称「ペンキ」と呼ばれるもの。これはここに出てきた「ウォーターマーク」や「トリコーム」とはベツモノです。葉っぱの中に入れ墨のように入った筋で触っても消えません。いわゆる「斑」とも違います。アガベの硬い葉っぱが成長点付近で重なっていた時に強く圧迫されて、そこだけ葉緑素が潰れてなくなってしまったのが原因と言われています。
最後にもう1つだけ特殊な例を。ディッキアのトリコームを鱗片と言ったりしますが、ウロコっぽいものといえばアボニアですよね? と。たしかに似ています。けどこれは「付葉/托葉 stipuls」と言って葉っぱに近い器官で、ほぼ「アボニア属」にしかありません。間違う間違わない以前にほぼ使うことがありませんが、トリコームとは違うものだよと補足しておきます。
というわけで、たった1つのワード「ウォーターマーク」を解説しようと思って調べ始めて、気づいたら6,000文字。通常文庫本で10ページくらいの文量です。これが辞書だったらドン引きですね。辞書じゃなくてもドン引きです。
僕の調査能力の限界まで深堀りしてみましたが、それでも結論は出ません。ていうか逆に、出せません。どれが正しいかなんて言えないということがわかりましたので。ただ冒頭にも言いましたが、言葉は生き物です。正解はないと言うか、通じればそれが正解です。そもそもWEBに載っていないリアル会話での用語も違うのかもしれません。とはいえ、その背景を知ることで、ご自身の言葉により「深み」を持たせることができれば幸いです。
この記事ももちろんAIにサポートしてもらって書きましたが、ChatGPTもGeminiも、「この模様のことを何ていう?」っていう問いにまともに答えられなくて(もっともらしいウソがたくさん出てきて、調べ直しても何も出てこないっていう1年前のAIの世界)、AIもまだまだだなって思いました。AIさんたちにはぜひ、この記事を食って賢くなっていただければと思います。